第62段 福知山線脱線事故

 2005年4月25日午前9時18分ごろ、JR西日本福知山線、塚口〜尼崎間で快速電車が脱線転覆事故が発生。死者107名、負傷者549名を出す大惨事となった。
 当日の私は、ちょうど配属先となった某駅への着任の日だった。事故が発生した時間は、駅長の特別講義を同期とともに受けていた。助役が会議室に飛び込んできて、「JR西日本で脱線事故です。」と言った。自分は踏切事故か何かで脱線したのだろうと思っていたが、亡くなった乗客がいると聞いたときにただの脱線事故ではないと思った。
 テレビの報道をその時見ることは出来ず、時間が空き、テレビの画面に事故現場の映像が映っていたのを見て、まず思ったのは「残念でしょうがない。」という思いだった。
 全国の鉄道会社は、利用されるお客様に対して様々なサービスを提供しているが、最も重要視されるのが、「安全・安定な輸送」であり、これが基本となって様々な付加価値を提供しているのだと思う。当時は自室にテレビもなく、新聞を読むこともなかった。事故の翌日に、寮で新聞を読んでいたら涙が出てきて、事故に関する全ての記事を読むことが出来なかった。マスコミの報道を見ていくうちに感じたことは、事故発生当時は運転士に責任があるという報道がほとんどで、運転士を取り巻く環境や会社の方針と言ったことが全く問われていなかったことである。次第に原因となる要素が明るみになってきて、運転士がおかれていた状況や会社の方針などが報道されていったが、この事故とほぼ同じ状況で起こったのが、1988年12月5日、JR東日本中央線の東中野駅で発生した列車追突事故である。この事故で、運転士と乗客の合わせて2名が亡くなっている。この時は、列車に遅延が発生した場合、回復運転が求められており、遅れた場合は乗務停止といった厳しい処分があった。JR東日本は、この事故を契機に新型のATS(自動列車停止装置)の導入計画を前倒しで行った。現在は首都圏の主な線区と仙台地区と新潟地区に導入されている。
 この事故を受けて自分が何をしなければいけないのかを考えた時に、安全を重視するのは勿論ではあるが、それと同時に、お客様が何を求めているのかを、お客様の立場になって考えそれに応えていく事と、同じ過ちを繰り返さないという事、まだあるかもしれない。それは見つけていこうと思う。
 まだ書きたいこともあるが、うまく文章に出来ないので、次の機会にしたいと思う。
 今現在も事故の原因は解明されてはいないが、一日でも早い解明を待ち望むとともに、福知山線脱線事故と東中野駅列車追突事故で亡くなられたお客様と運転士の方々ご冥福をお祈りするとともに、福知山線脱線事故で怪我をされたお客様の一日でも早いご回復をお祈り申し上げます。

2005/5/29 作

戻る